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「辛さ」という発明

感覚の問題というのは、感覚が先に生まれたのか、それとも言葉の産み出す先入観や概念が感覚を育てるのか、という複雑な問題を惹起するものですが、「辛味」という感覚もその点ではおもしろいテーマかなと思いました。

というのも、「からい」と英語で言う時の「hot」「spicy」がどうも腑に落ちないのです。
「hot」というと熱さの延長線(もしくは身体が熱くなる)に過ぎないですし「spicy」だと味覚だけでなく嗅覚も深く関与しているしスパイシーと言われるとむしろ胡椒やカレー粉のツーンとする匂いこそがスパイシーという感じがしてしっくりきません。
熱くて辛いものやスパイシーだけど辛くないものはどう表現すればいいかわからないのです。
要するに「からい」に相当する言葉は英語にはないということと思います。

とはいえ日本語の中においても、「からい」というのは先行して存在した「塩辛い=鹹い」から派生した言葉としてできているわけで、考えてみると昔から独立した地位が与えられてきたわけではないようにも思えます。
私なんかは年配の人が「からい」と言うとよく「ショッパイからカライかどっちなんだろう?」と悩みます。

また漢字で考えても「辛い」というのはツライのかカライのかわからないですよね。


札幌のスープカレー。何十種類もスパイスが調合されているが、辛さの度合いはチリパウダーの量で決まるので注文を受けてからでも辛さを変更できる。



また生理学的にも「辛味」は微妙な位置づけにあるようです。

wikipedia 辛味

現代日本では、社会通念上辛味は重要な味覚のひとつと考えられ、甘味、酸味、苦味、塩味と並ぶ5つの味(五味)のひとつとして捉えられている。
しかし生理学的定義によれば、狭義の味覚とは味覚受容体細胞にとって適刺激である苦味、酸味、甘味、塩味、旨味の5種(五基本味)をいい、辛味はこれにあてはまらない。神経刺激としての辛味の核心は舌・口腔のバニロイド受容体(カプサイシン受容体)で感じる痛覚であり、これに他の条件(トウガラシであれば、発汗および発熱)が統合されたものを辛味と呼んでいると考えられ[誰?]ている。近年、カプサイシン受容体が単離されたが、口腔内に特異的なものではなく全身に分布しており、また従来の味覚受容器とは別のものであるため、5基本味が6基本味になることはない。


要するに、カプサイシンの受容による痛みや体温上昇などの複合した感覚が「辛さ」である、のだが他の味覚とは違い独立した味覚受容体が舌に存在していないため狭義の味覚とはいえない、ということですね。

カプサイシン受容体は舌の上だけでなく、全身の皮膚に存在するとのことですが、私も以前ハバネロの実をまな板で切った後でうっかり目をこすってしまい激痛で1時間以上悶絶したことがあり、あのときにまさしく目や顔の皮膚でカプサイシンを満喫したのでした。
トウガラシも日本では最初、足袋の足先にいれて保温(霜焼け防止)に使ったともいいますし、甘いものや苦いものを肌に塗っても何も感じないのと違い、辛味というのは舌だけの専門ではないようです。

また他の味覚は、特定の物質群(甘み→糖 酸っぱみ→酸 苦味→アルカリ 旨み→アミノ酸 塩味→塩)と結びついているのに対し、トウガラシとワサビ、カラシに共通する刺激物質がないことから考えるに、は辛味というのは人間のみが持つ感覚であるとも考えられます。つまり辛味のセンサーというのは、糖分や塩の感知能力とはちがい、生命維持に絶対不可欠なセンサー機能とはいえないということです。




また、カプサイシンが話題になりましたが、そもそもカプサイシン即ちトウガラシというのは、16世紀にヨーロッパ人が新大陸からトウガラシ属の種子を持ち帰るまでは旧大陸には存在していなかったわけで、辛味の代表格である「トウガラシ」がなかった時代の「からさ」とはどんなもの何だったのだろう?という疑問が生じます。

新大陸からの植物の伝来はコロンススの交換とよばれますが、コロンブスの交換以前にはイタリア料理にはトマトはないし、インド料理にトウガラシはないし、旧世界のどこにいってもタバコはないしで、今日の料理における国民的趣向というのも実は歴史的にはそれほど深いルーツをもっているのではないのです。

昨日ラジオで北朝鮮と韓国の関係を評して、「おたがいに政治体制は異なっているが、ニンニクとトウガラシが血に流れている同胞だ」と話していましたが、それだけ朝鮮半島の文化に根付いたトウガラシも結局は400年そこそこの歴史なわけで、朝鮮民族数千年の歴史からすればごくごく最近のトレンドにすぎません。(伝来当初は「倭国から来た南蛮椒。ゲテモノ。」な扱いだったと言われています。)

今日の日本人にとっては、「からい」といえばトウガラシの辛さがまず浮かぶと思うのですが、トウガラシが庶民の口に入るようになった時代や、他の辛い食べ物(ワサビやカラシ)のレアさを考えてみると、歴史の大部分において日本人が感じていた「からさ」はだいたいダイコンとかネギ、ショウガの刺激だったのだろうと思います。
これも加熱すると大分緩和されるわけで、やはり日本人にとっては、「辛味」というのは実は歴史の中でごくごく最近になって登場した感覚/表現であることに間違いがないように思います。

それまでの「辛味」とは、「痛み」「辛み」であり、口に入ればすぐ吐き出したくなる食べ物の雑多な味覚のなかに紛れて数千年の時が流れ続けていたんだろうと私は想像しています。


トルコで撮影した唐辛子。


まあスパイスにあふれたインドや東南アジアだと状況は違うと思いますが、あれだけスパイスが多い国の人たちにとって「スパイシー」というのはなんの意味もない言葉なのだろうと思います。スパイスを表現する何十種類もの言葉がきっとあることでしょう。
中国でもからみには「辛」「椒」「辣」など何種類か言葉が昔からあったといいますので、ヨーロッパと日本というのは特にからいという感覚に深く斬り込むことなく今にいたってきたのでしょう。

それにしても、英語はもうちょっとマシな言葉を「辛味」に用意してほしいなあ・・・とは思うのですが。・・・

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.23 2012
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京都在住の阿部です。 地図と薀蓄で一杯やりましょっ なんとなくデザインをもとに戻しました

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